夕暮れ時の公園×ままごと×オッサン
自分が怪しまれるんじゃないかと思っても、一度その姿を目にしてしまった以上、その場を離れるわけにはいかないではないか。
せっかくの休日だというのに昼過ぎまで寝て過ごしてしまった。
それが勿体ないので、少しだけでもと外を散歩することにした。
すると帰るに帰れない、この厄介な状況に身を投じることになってしまった。
ちいさな公園の前にある50円の自販機で安い缶コーヒーを手に入れ、そのまま公園に入って啜っていたらだ。
すこし離れた砂場でおままごとをしている男の子と女の子の二人がいたんだが、私が公園のベンチに腰を掛けて直ぐに男の子は家に帰ってしまった。
残された女の子、見守る保護者の姿は近くには確認できない。
「…おいおい…連れ去られたりなんかしたらどうすんだよ…親は何してんだ…」
不満と不安を声に漏らしてみたものの、女の子は引き続き独りの世界に没頭している。
ちびちび口に当てていた缶コーヒーが空になっても誰もお迎えにはやって来ない。
さきほどまでは、鉄棒で効果があるのかわからない程度の負荷をかけたななめ懸垂を繰り返すおじいさんと、井戸端会議をしている主婦の三人がいたのだがいつの間にか姿を消してしまっていた。
やがて日が暮れ始めると、公園にはこのおっさんと女の子の二人以外に出入りする人もいなくなってしまった。
とりあえず声をかけてみようか。
お母さんはどこにいるの?と。
あれ、なんだかオレ、怪しくはないか。
女の子に近づいて、大丈夫?と一声かけるのに、なぜこんなに周囲を気にしたりと躊躇しなければならないのだ。
「でもさすがに…もう暗くなってきてるしな…」
呟きながらゆっくりと、でも足音を意識して鳴らしながら、真っ直ぐに近寄ると女の子は顔をあげた。
独り身の自分としては小さい子と会話する機会など皆無であって、なんだかこちらの心を見透かしてるんじゃないかと思わせる言葉や仕草がどうも苦手である。
「…あー、もう暗いからおじさんは家にかえるんだけどさ。アナタは帰らないのかい?」
アナタってなんだよ、かい?って不自然な言葉だなぁと薄暗い中で中年のおっさんがたじろいでいるのが何だか居たたまれなくて、とにかくさっさとこの場を去りたくなった。
「もうすぐおわる~」
女の子は視線を落とすと、ままごとの締めくくりに取りかかったようだった。
プラスチックのお皿に葉っぱや小枝が添えられている。
その並びから想像するに、おそらくご飯の支度でもしていたのだろう。
「れんしゅう、おわり~」
小さな手をパチパチと上下に擦り合わせて砂を払うと、女の子はおままごと道具を小さなリュックにしまいはじめた。
すると後ろの方から、女の子の名を呼ぶ母親らしき人物の声が聞こえたのだった。
どきりとして思わず女の子と距離を取ったのだが、その声の在処がつかめない。
女の子の視線の先をたどると、公園の脇に建つアパートの一室、光の漏れたベランダから手を振る影が見えた。
そういうことか、でも目が届くとはいえ、それでも傍についてやれよな…という文句を飲み込んで。
さてと。
あとは、この女の子とどんな言葉でさよならすればいいのか、と戸惑っていると女の子が母親に向かって叫んでみせた。
「ママ~!おじちゃんにみてもらってた~!」
自然と、じゃぁまたね、さよなら、と口から言葉が零れた自分に安堵しながら、母親がいる方に軽く頭を下げると、あとは勝手に足が動いて公園を後にすることが出来た。
上着の裏ポケットからスマホを取りだし確認すると、LINEに仕事先から連絡が入っていた。
早朝から得意先に直行してくれという内容だった。
なんだよ、なんでオレなんだよ…いつもよりも早起きせねばならないではないか。
憂鬱な気持ちを引きずるようにして、再び足を進めようとしたときだった。
後ろから声をかけられた。
さきほどの女の子の声だった。
「およめさん。およめさんになる。れんしゅうしないとなれないんだよ」
えっ?と、声にはせずに。
その言葉に振り向きざまに顔で反応すると女の子は続けて、私にこう言い聞かせてから自宅に向かって駆けていった。
「あのねー。なりたいものがあるんだったら、みてるだけじゃなくてね、しないとなれないんだよ」
小さな影が曲がり角に消えると、先ほどのベランダから漏れる明かりが一層輝きを増した気がした。
「…成りたいもの…かぁ…おっさんの?成りたいもの…なんだろうなぁ…」
冷蔵庫に何か残っていたか。
つまみに買ったいた竹輪、ウインナーくらいはあったはず。
いつものようにコンビニ弁当で夕飯をすませようと思っていたが久しぶりに自炊でも。
スーパーに寄って帰ろう。
カレーにしようかな。
たまには、いいんじゃないか。
あの子の家、夕飯はカレーだろうな。
いい匂いしてたもん。
…でも、なんでカレーの匂いって家庭を思わせるんだろうな…ぅ~ん。
― おわり ―